ポンペイ(Pompei)遺跡の続きです。













アポロン神殿
11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 アポロン神殿  (16)
神殿の後ろに、
ヴェスヴィオ火山がそびえていますが、
雨で見えなくて、残念でした。

11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 アポロン神殿  (20)

アポロンの聖域
アポロンの聖域はポンペイで
最も古い信仰の場所の一つで、
マリーナ門から上って町の中心部へと進む
道に沿って、重要な位置に建てられています。

ポンペイ設立の信仰の神としてアポロンが
選ばれたのはカンパーニアにギリシア人
エトルリア人が存在していたことによります。

更に深い層まで行った発掘によって
出土した壺や奉納品、テラコッタ製の装飾などから、
アルカイック期(紀元前6世紀)にはすでに、
ここに神殿が建っていたことが判明しています。

紀元前3から2世紀にかけて、
古い神殿は完全に建て直され、
その後ネロ帝の時代に小規模な手直しが行われた外は
あの噴火の日まで元の姿を維持してきました。

神殿は基壇の上に建ち、中老で囲まれ、
中央の空間には祭壇が置かれていました。

東側の壁には連続した開口部があり、
おそらくはテラスのあった壮大な列柱が
この神域と法廷の広場を結んでいました。

広場では剣闘士の戦いや演劇の上演など
アポロンの興行と呼ばれた見世物や、
アポロンと双子のディアナを守護者としていた
児童たちが行う神を讃える祭りなどが行われました。

価値あるブロンズ像のアポロンとディアナは
ヘレニズム時代の作品で、
現在はナポリの考古学博物館に保存されています。

11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 アポロン神殿  (21)
バジリカ
11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 バジリカ (18)

バジリカ Basilica Pompeiana
延べ面積1500平方メートルに及ぶバジリカは、
フォロ(参
照ページ 84)の区域で最大の建物で、
裁判や商取引
に使われていました。

フォロから凝灰岩の柱の間に開いている
5つの入り口を
通じて中に入ることができ、
内部はレンガでできたイオニ
ア式の柱頭を持つ
2列の円柱によって3つの廊に分かれ
ています。

西に面した短い方の側面の中央には
見事
な装飾を施した特別席があって、
裁判の際にはここに司
法官たちが座りました。

空間には騎馬像が置かれ、
壁面
は大きな大理石のブロックを模した
スタッコ装飾で豊か
に飾られています。

バジリカの建設時期は紀元前130-20年頃と推定され、
のタイプの建築としては、古代ローマ世界の中でも
最も
古い建物の一つです。

19世紀にフォロの区域で発掘調
査が始まった時代に
この建物も掘り出されました。


11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 バジリカ (17)




バジリカ
11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 バジリカ (19)

11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 バジリカ (23)

マルケム市場
11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 マルケム(市場) (24)
マルケムは、英語のマーケットの事です。

この周辺では、たくさんの魚の骨や、鱗が発掘されたので、
魚市場があったと考えられています。
円の柱がある場所は、とんがり屋根の建物があり、
12本の円柱で支えられた、
下水道付の水槽が設置されていたようです。

マルケム市場の右側

11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 マルケム(市場) (22)
マルケム市場の左側には、
大理石の彫像が2つありました。

11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (38)



公共のラル神(ラル神殿)
11.6.1.5.. ポンペイ遺跡 公共のラル神  (25)

公共のラル神
アウグストゥスの守護神の神殿(後述)や
アウグストゥスの
調和の回廊(参照ページ 94)と同じく、
この聖域も皇帝
信仰のために以前は商店が
立ち並んでいた区画を用い
て建てられました。

フォロに向かって完全に開放された設計の
大きな建物で
(参照ページ 84)、中央にあった祭壇では
皇帝や公共のラル神のための供犠が行われました。

中央のアプシス
(奥室)の両側には
二つの大きなエクセドラと沢山のニッ
チがあって、
皇帝一族の像が安置されています。

見事な
大理石の化粧板は
79年の噴火後間もなく略奪され、
現在
では小さな一部分を残すのみとなっています。

この聖域は紀元62年の地震より以前、
アウグストゥスの
治世(紀元後最初の10年)よりは
後に造られています。


ジュピター神殿(左奥)
11.6.1.5... ポンペイ遺跡 バジリカ (26)

ジュピターの神殿はフォロの北側を占め、
その後ろにはまるで映画の背景のように
ヴェスヴィオ山が聳えています。

ローマの植民都市に組み入れられてから(紀元前80年)、
神殿には大きく手が加えられて
正真正銘のカピトリウムに生まれ変わり、
ジュピター、ユノー、ミネルヴァの三神の像が祀られ、
ローマのカピトリウムに準じて整備されました。

高い基壇の上に建ち、フォロを通る
誰の目にも入る建築でした。

新たな工事によって聖像安置室が延長され、
床には大理石製の立派な装飾が施されました。

基壇にはファビサエと呼ばれる地下室が造られ、
本来は神々に捧げられた奉納物を収める空間でした。

幾つかの研究成果によれば、
この空間はその後町の公共の財産を
保管するのに使われたと言われています。

ルシウス・セシリウス・イヨコンドゥスの家の
ラル神の祭壇にあるレリーフによって、
カピトリウムの基壇の左右には2体の騎馬像が
置かれていたことが判ります
(参照ページ 51)。

ポンペイ遺跡ガイドより

11.6.1.5... ポンペイ遺跡 バジリカ (28)

11.6.1.5... ポンペイ遺跡 バジリカ (27)

フロントーネの家
11.6.1.5.... フロントーネの家  (30)

マルコ・ルクレツィオ・フロントーネの家
ドムスM.ルクレティ・フロントニス

シンプルな正面の背後には、ポンペイでも指折りの
美し
い住居が展開し、所有者の文化レベルの
高さを証明する
文学や美術に言及した
極めて洗練された絵画が残され
ています。

中でもアトリウムとタブリーノでは、
とりわけ主の繊細な
感性が認められます。

アトリウムには大理石製の
インプ
ルヴィオの池が目に入ります。

また、獅子の脚を持つテー
ブルがあって、
発掘された品々が展示されたいました。
ブリーノにはバッカスとアリアドネの勝利、
ヴィーナスと
マルスのキューピッドたちが
描かれています。

近くには当
時流行していた海辺のヴィラや
静物画が配置されていま
す。

庭園の壁にはライオンやヒョウ、
クマや家畜たちの狩
りの情景が描かれ、
当時この題材は半開放の空間の装
飾に
しばしば用いられていました。

家の所有者は行政官
マルクス・ルクレティウス・フロント
で、
ここでも上の正面の選挙登録から名前が確認できま
す。




青魚の絵画
11.6.1.5.... フロントーネの家  (29)
上の写真は、2つ上の写真の左上に描かれている、
青魚のクローズアップです。

ポルタマリーナから、ポンペイの町へ運ばれた、
ポンペイ港で獲れる魚や、近くの塩田で精製される塩は、
取引産物です。

フロントーネ家は、裕福な家で、
その豪華な食堂に描かれたフラスコ画です。

11.6.1.5.... フロントーネの家  (31)
フロントーネの家には、
ガラスケースで展示されている、
仰向けに倒れた犠牲者の石膏型がありました。

人間が焼けて空洞になった所に、
石膏を流し込んで作られています。

ご遺体の跡なので、撮影しませんでした。

11.6.1.5.... フロントーネの家  (32)

11.6.1.5.... フロントーネの家  (33)
ヴェスパシアヌスの神殿
11.6.1.5.... ポンペイ遺跡 ヴェスパシアノ神殿 (41)

ヴェスパシアノ神殿 Tempio di Vespasiano
アウグストゥスの守護神の神殿
(ヴェスパシアヌスの神殿)

アウグストゥスのの守護神の神殿は、
この神と灰の神の
女祭祀だったマミアに願いによって
建てられたことが記
録によって明らかです。

アウグストゥスの治世(紀元1世紀
の最初の10年)に
神殿が建設されると、続いて隣のアウグ
ストゥスの調和
(参照ページ 94)の回廊の工事が開始
されました。

今日残るファサード下部の大理石装飾や
ッチのモチーフ、あるいは紀元62年の地震の後で
修復さ
れ一部完成していた祭壇からは、
この二つが同じ建築の
プロジェクトとして
進められていたことが判ります。

神殿
には小さな中庭と祭壇、高い基壇の上に建つ
4本の円柱
のある小神殿で構成されていました。

今日、エウマキアの調和の回廊の入り口に
見られる花々
と動物たちをモチーフにした
素晴らしい大理石製の装飾
は、おそらくは
この神殿の入り口を飾っていたものと思わ
れます。

フリーズはローマにあるアラ・パチスを
モデルに
して制作されています。




11.6.1.5.... ポンペイ遺跡 ヴェスパシアノ神殿 (30)

11.6.1.5.... ポンペイ遺跡 ヴェスパシアノ神殿 (37)
立ち入り禁止のゲートの奥と、
手前に道の真ん中に高い石があります。

この高い石は、横断歩道です。
馬車の車輪が通るだけ隙間を空けています。

野良犬が、所々にいました。

11.6.1.5.... ポンペイ遺跡 ヴェスパシアノ神殿 (39)
カリギュラの凱旋門
11.6.1.5.... ポンペイ遺跡 ヴェスパシアノ神殿 (40)
このアーチは、フォーラム浴場と
フォルトゥナ アウグスタ神殿の前、
ヴィア デッレ テルメ、ヴィア デッラ フォルトゥナ、
ヴィア デル フォロ、ヴィア ディ メルキュリオが
交差する交差点の近くに、
その始まりを示すヴィア ディ メルキュリオに
またがって設置されています。

これは、通路が 1 つだけのレンガ造りの
名誉アーチで、カリギュラのものとされるのは、
断片で発見された青銅の騎馬像に基づいています。

この像はもともと屋根裏に
設置されていたものと考えられ、
カリギュラのものと特定されています。

このアーチは、ティベリウスまたは
ゲルマニクスの作とされるアーチと
同じ軸上に建てられました。

アーチは市民フォーラムへの記念碑的な
入り口を構成し、
その頂上には騎馬像も置かれていました。


11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (39)



11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (41)

11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (40)

11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (42)
道は、馬車道と、歩道が整備されていて、
歩道の縁石に、穴が開いています。

11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (43)
これは、馬を繋ぐための穴では無くて、
この石を持ち上げると、
地下に下水道と、水道管が埋められていて、
修繕、整備をするためです。

雨の排水用としても機能しています。

11.6.1.6 ポンペイ遺跡  (44)

20.11.29  (13)
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20.11.29  (15)
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